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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)6917号 判決

原告 安全ホンダ販売株式会社

右代表者代表取締役 関口錦三郎

右訴訟代理人弁護士 米津稜威雄

同 田井純

同 岡部真純

被告 富士機械株式会社

右代表者代表取締役 玉置磯治

〈ほか三名〉

右訴訟代理人弁護士 中村蓋世

同 若林清

同 上野修

主文

一、被告富士機械株式会社及び被告玉置磯治は、各自原告に対し、金一、一二五、〇〇〇円及びこれに対する昭和三九年八月一八日以降完済に至るまで金一〇〇円につき一日金六銭の割合による金員の支払をせよ。

二、原告と被告日本ギア工業株式会社との関係において、別紙目録記載の建物につき、被告玉置磯治が被告日本ギア工業株式会社と締結した昭和三九年七月三日附金銭消費貸借契約に基く同日附抵当権設定契約、停止条件附代物弁済契約及停止条件附賃貸借契約はこれを取消す。

被告日本ギア工業株式会社は右建物につき東京法務局世田谷出張所昭和三九年七月六日受附第一九、一五九号を以てなされた抵当権設定登記、出張所同日受附第一九、一六〇号を以てなされた所有権移転仮登記及び同出張所同日受附第一九、一六一号を以てなされた賃借権設定仮登記の各抹消登記手続をせよ。

三、原告の被告芝浦鋼材株式会社に対する請求はこれを棄却する。

四、訴訟費用は、原告と被告富士機械株式会社及び被告玉置磯治との間に生じた部分については同被告等の連帯負担、原告と被告日本ギア工業株式会社との間に生じた部分については同被告の負担、原告と被告芝浦鋼材株式会社との間に生じた部分については原告の負担とする。

五、この判決の第一項は仮りに執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一、被告富士機械及び被告玉置に対する請求について

原告の同被告等に対する請求原因事実すなわち請求原因一記載の事実はすべて右当事者間に争がない。しかして右事実によれば原告の同被告等に対する本訴請求は理由あることが明らかであるから、これを認容すべきである。

二、被告芝浦鋼材及び被告日本ギア工業に対する請求について

(一)、≪証拠省略≫を綜合すれば、請求原因一記載のとおり、原告は被告富士機械に対し、昭和三九年五月八日附継続的商品売買契約に基き、同日から同年同月一八日までの間に売渡した汎用エンジン(クラッチ共)五〇台の代金合計金一、一二五、〇〇〇円の債権を有すること及び右契約と同時に被告玉置が原告に対し、同契約上被告富士機械の負担すべき一切の債務につき連帯保証をなしたことを認めることができ、被告玉置には本件建物のほか特に目ぼしい財産はなく、従って本件建物は同被告にとって、殆んど唯一の資産と認められるところ、被告玉置が右唯一の資産と目すべき本件建物につき、被告芝浦鋼材及び被告日本ギア工業との間にそれぞれ請求原因二の(二)及び(三)記載のとおりの各契約を締結し、これに伴い同記載のとおりの各登記を経由したことは右当事者間に争いがない。(もっとも証人関茂の証言及び被告玉置磯治本人尋問の結果によれば、被告芝浦鋼材間の右各契約は既に昭和三九年六月一〇日頃両者間に成立していたものであるが、本件建物の権利証の所在不明のため、登記申請手続が遅れた関係上、書類面は原因成立の日を登記の日に近接させた方がよかろうと考え、同年六月三〇日契約成立として書類を整え、登記申請手続に及んだ結果、登記簿上には同日成立の契約として登載されるに至ったが、実際に右各契約が成立したのは前記のとおり同年六月一〇頃であることが認められる。)

(二)、そこで右各契約の締結が詐害行為に該当するか否かの点について按ずるに、本件建物は被告玉置にとって唯一の資産と目すべきこと前記認定のとおりであるから、被告玉置が本件建物につき被告芝浦鋼材のために債権極度額金四〇〇万円の根抵当権を設定し、被告日本ギア工業のために債権額金三、一九四、四〇〇円の抵当権を設定するにおいては、他の一般債権者の関係を措いても、原告の被告玉置に対する前記金一、一二五、〇〇〇円の連帯保証債権が害せらるべきことはいうまでもない。なんとなれば、本件口頭弁論の全趣旨に徴し、本件建物は右三者の債権総額を満足せしめるに足る価値あるものとは到底認められず、従って右根抵当権または抵当権の実行あるとき、原告等一般債権者において配当に与るべき余地は殆んどないというにやぶさかでないからである。しかも原告は主債務者被告富士機械の倒産によってこれより弁済を受ける途は全くない状態にある。また本件建物につき、代物弁済が実行されるときは、右は被告玉置の唯一の資産であるから、原告等一般債権者において弁済を受ける途を全く閉ざされることもいうまでもない。さらに本件建物に賃貸権を設定するにおいては、その負担の限度において、建物の交換価値が減少し、それだけ一般債権者に対する担保力が減ずることも自明の理である。

しかしながら、債権者取消権制度は、破産における否認権制度とは異り、一般債権者の共同担保を毀滅減少せしめる債務者の一切の行為につき取消を認めるものではなく、債務者が自己の事業の再建をはかるためにする合理的手段行為等は取消の対象にならないものと解するのを相当とする。

よって次に本件の各場合について検討するに、

(1)、被告芝浦鋼材の場合

≪証拠省略≫を綜合し、これに本件口頭弁論の全趣旨を参酌すれば、「被告富士機械は昭和三九年五月末頃から資金繰りが苦しくなり、事業の運営円滑を欠くに至ったが、同年六月一〇日前後頃は未だ倒産必至の状態にあったというわけではなく、事業再建の可能性が期待されたので、被告玉置は代表取締役として被告富士機械の再建のため鋭意努力していたこと。一方被告富士機械の資材仕入先たる被告芝浦鋼材は、当時の被告富士機械の財政状態に徴し、将来の取引継続に対して担保の提供を要求するに至ったこと。右に対し被告玉置は被告富士機械の再建のためには事業を継続する必要があり、そのためには被告芝浦鋼材から引続き資材たる鋼材を仕入れることが先決問題であると考え、昭和三九年六月一〇日頃被告富士機械として新たに被告芝浦鋼材取引契約を締結すると同時に、私財たる本件建物を担保に提供し、そのため本件建物につき前記根抵当権設定契約、停止条件附代物弁済予約及び停止条件附賃貸借契約を結んだこと。もっとも右契約当時被告芝浦鋼材としては被告富士機械に対し既に数十万円の鋼材売掛残債権を有しており、これらの旧債権も右担保の被担保債権に組入れられたが、右契約の主たる眼目は将来の継続取引にあったこと。右の趣旨に従い契約締結後の同年六月二〇日被告芝浦鋼材から被告富士機械に対し約金二五万円相当の鋼材が売渡されていること。」を認めることができる。

右認定の事実によれば、被告玉置は自己が代表取締役たる被告富士機械の事業再建のために、本件建物につき前記各契約を締結したものということができ、会社の代表取締役が会社の事業再建のために私財を投入することは世上往々にして見受けられるところであって、これをとらえて、代表取締役の義務外の行為として非難することは酷であり、かかる場合は代表取締役が自己の個人事業の再建をはかる場合と同一視すべきである。

しかも本件の場合、被告玉置の右担保の提供には、被告富士機械再建のため必要の限度を越えていると認められるような形跡はさらにない。

しからば被告玉置の前記行為は民法第四二四条にいう詐害行為には該当しないものというべきである。

仮りに被告玉置の右行為が詐害行為に該当するものとしても、≪証拠省略≫によれば、被告芝浦鋼材は前記各契約の締結にあたり、被告玉置個人の資産関係、債権者関係等については何等聞知しておらず、従って被告芝浦鋼材につき一般債権者詐害の認識を云々する余地のないことが明らかであるから、結局問題とならない。

以上の次第で、原告の被告芝浦鋼材に対する本訴は理由なしというべきであるから、これを棄却すべきである。

(2)、被告日本ギア工業の場合

≪証拠省略≫を綜合すれば「被告富士機械は昭和三九年七月四日東京手形交換所から手形の不渡処分を受けて倒産したものであるが、被告日本ギア工業は当時被告富士機械に対し金三、一九四、四〇〇円の売掛代金債権を有していたところ、被告富士機械が既に倒産寸前の状態にあることを知り、右債権の弁済を確保するため、被告富士機械の代表取締役として右につき個人保証をしていた被告玉置に対し、担保の提供を要求し、かくて同年七月三日被告ギア工業は右金三、一九四、四〇〇円の債権を被告玉置に対する消費貸借上の債権に改め、これに対し被告玉置の唯一の資産たる本件建物につき、被告玉置をして前記抵当権設定契約、停止条件附代物弁済契約及び停止条件附賃貸借契約を締結せしめるに至ったこと。しかして右各契約の締結は、被告日本ギア工業において被告玉置に本件建物以外に他に目ぼしい資産のないことを知り、他の一般債権者を排除して優先的に右債権の弁済を得ようとする意図のもとになされたものであり、被告玉置としても、当時は既に被告富士機械再建のことは諦めていたこととて、一般債権者を害する結果を招来することを知りながら、敢えて漫然と被告日本ギア工業の右要求に応じたこと。」を認めることができ、右認定の事実によれば、前記各契約の締結は一般債権者を害することを知りながら、特定の債権者に故なく優先的に担保権を設定したものとして、まさに詐害行為に該当するものというべきである。

しからば、原告が被告日本ギア工業に対し、前記各契約の取消を求め、被告玉置の財産状態を原状に復するため前記各登記の抹消登記手続を求める本訴請求は理由ありとして、これを認容すべきである。

三、よって訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 古山宏)

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